名古屋地方裁判所 昭和37年(ワ)823号 判決 1963年3月28日
原告 相羽秀雄
被告 相羽冨志
右訴訟代理人弁護士 桜井紀
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は、「被告は原告に対し金七万一、四〇〇円を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として
一、被告は原告の兄亡春雄の妻であつたが、昭和二二年三月五日住友信託銀行名古屋支店に預けてあつた原告所有の名古屋鉄道株式会社株券五〇〇株、日本窒素肥料株式会社株券五〇株を原告の承諾を受けずに返還を受けてその頃被告の長男皓次の財産税の一部に充当処分してしまつた。
二、原告は被告の右不法行為により右株券の時価(昭和三七年五月九日現在における名古屋鉄道株式会社株券一株一三八円、日本窒素肥料株式会社株券一株四八円の割合で計算)に相当する七万一、四〇〇円の損害を蒙つた。
三、よつて原告は被告に対し損害賠償として右金七万一、四〇〇円の支払を求めるため本訴請求に及んだ。
と述べ、被告の抗弁に対し、相羽志津が原告の母であることは認めるが、被告において原告所有の前記株券を処分した当時被告が志津の命に絶対服従しなければならないという関係にあつたことは否認すると述べ、証拠として甲第一ないし第三号証を提出し乙第一号証の成立を認めると述べた。
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の一の事実は認める。二の事実は不知と述べ、抗弁として仮に被告が原告所有の株券を処分したことにより原告が原告主張の損害を蒙つたとしても次の理由により被告は損害賠償の責任はないものである。即ち被告は昭和五年亡春雄と結婚したが昭和一一年夫春雄が死亡したためその後は二児と共に夫の父相羽健之輔の扶養を受け昭和二一年同人死亡後は同人の妻志津(原告の母)と共に生活し、本件株券処分当時は右志津の命には絶対服従の関係で生活していた。志津は被告の長男皓次名義で財産税を納付するにあたり、被告に対し原告所有の本件株券をもつて納税の一部に充当するよう命じたので被告において右命に従い行動したものであるから本件株券の処分について責任を問わるべきものではなく原告の本訴請求は失当であると述べ、証拠として乙第一号証を提出し、被告本人の尋問の結果を援用し、甲第一号証は不知、爾余の甲号各証の成立を認めると述べた。
理由
被告(原告の兄亡春雄の妻)が昭和二二年三月五日住友信託銀行名古屋支店に預けてあつた原告所有の原告主張の株券を原告の承諾を受けずに返還を受けてその頃被告の長男皓次の財産税の一部に充当処分したことは当事者間に争いがない。
右事実によれば原告は被告の右処分行為により原告主張の株券を失いその価格(被告が処分した当時の価格を基礎とするか、原告主張の昭和三七年五月九日現在の価格を基準とするかはしばらく措く。)に相当する損害を蒙つたことは疑がない。
被告は、右処分は原告の母志津の命によるものであつて、被告に不法行為に基づく責がないと抗争するので考えてみる。成立に争のない甲第二、第三号証及び被告本人の尋問の結果を綜合すると、被告は昭和五年春雄と結婚し、同人と共に同人の父相羽健之輔、春雄の母相羽志津、春雄の弟原告らと同居生活をし、春雄との間に長男皓次(昭和六年六月三十日生)、二男健次(昭和一一年二月二三日生)が出生したこと、右同居生活は健之輔及び春雄が医師として働きその収入によつてまかなわれ、昭和一一年二月一六日春雄死亡後は健之輔の収入によつてまかなわれたこと、昭和二一年二月二日健之輔死亡し、被告の長男皓次が家督相続により右健之輔の遺産を相続した後は被告及びその一家(原告も含めて)は志津が中心になり(原告は昭和一一年以前より精神病のため入院治療中であつた。)健之輔の遺産により生活していたこと、昭和二二年に皓次が相続した財産に対し財産税約二〇万円を課されたが志津は手許の金では右納税額に不足したことから、原告の治療費を負担していた関係もあつて原告所有の本件株券をもつて納税額不足分に充当することを決意し、被告に対し本件株券を預入先の住友信託銀行名古屋支店より返還を受け、これを納税額不足分に充当するよう命じたこと、被告は姑であり且つ当時の被告及びその生活の中心であつた志津の命じたところに従う外なかつたので右命のままに昭和二二年三月五日本件株券の引渡を受けこれを皓次の財産税の一部に充当処分したものであることが認められる。右認定を左右するに足る証拠はない。
右によれば被告が原告の承諾を得ずに本件株券を処分したのはやむを得ない事情に基づくものというべく条理上責むべきことではないから(被告のような立場にあつた場合他の行為を期待することは困難である)たとえ右処分により原告が損害を蒙つても被告の処分行為は違法性を欠き不法行為とはならないものとするのが相当である。
そうとすれば原告の蒙つた損害の額について判断するまでもなく原告の本訴請求は失当として棄却を免れないものであること明らかなので、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 布谷憲治)